皆さんは、自由になる恐怖って、感じたことありますか?
私は過去に、自由に伴う恐怖を感じた経験は3回あります。
いちばん初めの経験は、会社を辞めてオーストラリアにワーホリに行くと決めて実行し、帰国するときに「これからは自分を生きる」と母に宣言した時。
うちは母子家庭で、私は長女だったので、実際には長女らしいことは何もしていなくても、精神的にはかなり母娘で結びついた関係でした。
1年での帰国を約束して、ワーホリに行くことができた出発の時は、もう、親から離れられることが正直嬉しくて、恐怖や心配よりもとにかくワクワク!の方が何倍も優っていたので、怖さはほとんど感じていませんでした。
それが、帰国間際に母と電話で話したときに、「自立宣言」なるもののようなことをしたんですね。
つまり、もう母のために生きるのはやめる、自分のために生きる、というような内容のことを言ったのですが、その時の母の反応が想像していた通り(?)のもので、失望とか悲しみとか、寂しさを電話口で訴えられ、もちろんその後帰国してからもしばらくはずーーーーーーーーーー〜っと・・・
母を裏切った発言として言われ続けることになりました😅
母が私に何を期待していたのか?いまだに謎なのですが、恐らくそれだけお互いに依存しあっていた関係だったということだと思います。
それを言ってしまった自分と、母との精神的な訣別に・・・恐怖を感じたのを覚えています。
次に恐怖を感じたのが、その後15年以上が経過した後に、イタリアに渡ると決めた時。
42歳での決断でしたので、まず、会社の同僚など数名からはネガティブなことを言われました。
「戻ってきてどうするつもりなのか?もう今の条件での仕事はもちろん、再就職すら難しいだろう」というような内容で・・・。
普通に考えたらごもっともな内容だし、比較的仲が良かった人たちでもあったので、きっと本当に心配してくれていたのでしょう。プラス、彼ら自身の信念からの声だったのかもしれません。。。。
幸い、家族と、本当に私を理解してくれていた友人たちは、応援して送り出してくれました。
この時は、すでに母親の呪縛からは無縁となっていたので、自分のことは自分で自由に決められる状態ではあったのですが、何が怖かったかというと・・・
はい・・・正社員という立場を「捨てる」ことでした。
長く派遣で転々とした末に、ようやく正社員になれたのが30代半ばで。
なんだかんだ言いながら、私の生活は毎月の安定したお給料と、共に働く仲間、会社員という信用のもとに得られているものが多いことも痛感したからです。
その時点で、自分が本当は何をやりたいのか?どんな仕事をして、どこで、どんなふうに生きたいのか?は明確ではなかったのですから、それはもう、大海原に出るワクワクよりも、行き先と地図がない不安の方が大きかった、という感覚だったかもしれません。
不自由の中での心地よさが依存、自由な心で選択し、引き受けることが自立
自立というのは、もしかしたら現代の日本でも、世界でも、女性にとっては特に永遠のテーマであるのかもしれません。
そこに年齢は関係ないと思います。
女性というのは、他者との関わりの中で生きる本能をもっているので、不自由だと言いながら関わりを大切にすることはよくあることだからです。
では、その時に何が依存と自立を決めるかというと、
自分で決めて、自分で責任を取る、つまり、誰のせいにもしない心のあり方と行動力を持てている状態が自立であり、その反対に、自分の人生を誰かや何か次第として委ねている状態が依存です。
人は一人では生きていけないので、自分の決定が家族や状況の影響を受ける、というのはよくあることです。
ですが、その時に、それら状況も含めて自分で選んでいるのだという意識と、その先の納得があるかどうか。
が、自立と依存を分けると私は考えています。
そしてこの意味では、たとえ働いて生活費は自分で稼げていても、自分の人生のいろいろを人やあらゆることのせいにしている人はたくさんいるので、経済力とも関係ありません。
もちろん、経済的な自由があることは自由度を高めますので、自立の要因にはなります。
が、それだけで自立を定義するものではないと考えています。
たとえば、現在主婦の方で仕事をしておらず収入もない場合。
お子さんも小さくて自分の時間はなかなか取れないけれど、お母さんになることが人生の夢の一つで、お子さんとの時間がもっとも大切だと心から感じている。だから今しか味わえないお子さんやご家族との時間を何より優先しよう、そう決めていて納得し、心からの幸せを感じているなら・・・彼女は自立しています。
ですが、もしもこれが、頭ではお子さんとの時間が大切、と思っているけれども心が幸せを感じていない。それがわかっているのに何もしない。何もできない。なぜなら私は仕事をしていないし、経済力がないから。これは自立している状態とは言えません。
自立しているというのは、自分で自分のことをちゃんと扱えて、幸せにできている状態です。
自分にとって必要なことがわかっていて、そのための選択肢に制限がかからない自由な心、そしてその後の決断と行動ができ、すべてを受け入れ納得できることなんです。
自分が幸せではないとわかっていながら、何かが理由でそれが「できない」という心の葛藤の中にある時、ご本人としてはとても苦しいとは思うのですが、自分で決められない・行動できない時点で、そこには必ず何かしらの「心地よさ」があるはず。
それが、不自由の中での心地よさです。
その認識はなくても、不自由という状況の中での心地よさを手放せなくて自分や場合によっては相手の選択肢に制限ができてしまっている状態。これが、依存の状態だと私は思います。
まとめ
自由は、考え方によっては怖いものです。
だって、誰のせいにも、何かのせいにもできないのですから。
制限されることに慣れすぎてしまうと、人はそこから動けなくなってしまいます。
その意外な理由が・・・制限されてその中で不自由に生きている方が、潜在意識や脳が心地よいと感じてしまっているからです。認識はできていないかもしれませんが・・・。
〜があって私は不自由。〜が理由で私は自由に動けない。〜のせいで好き勝手はできない。もっと〜だったらできたのに。
そう言えているうちは、自分に責任を問う必要もなければ、自分を変える必要もない。
これが、不自由の中での心地よさの正体です。
ここから本当の自由と自立で生きることを選択するためには、自分ととことん向き合い、すべての選択は自分次第なのだということを、まず認識する必要があります。
そう、すべてはあなたが選んできたことなのです。
まずはそのことを認めるところから。
本当の自由と自立を手に入れるのは少し勇気が要りますが、そこからは人生が劇的に変わりだしますので・・・覚悟が必要ですヨ!🥰
あ、最後に、私が自由の恐怖を感じた3つ目の経験は・・・・
コロナがきっかけで派遣の仕事ができなくなり、派遣の働き方にも限界を感じていて、いよいよ自分でなんとかしなくてはならなくなった2020年秋。ずっと「自分の事業で収入を得る」ことが夢であったはずでありながら、なっかなか行動に移せないまま早5年。。。。
半ば強制的であり、バンジージャンプ飛ぶくらい、なんの保証も支えも(先立つものも・・・)ない状態での決定でしたが。
そこから現在まで、夢を生きるってこういうことか〜!!!という感じの不思議な展開とともに、しっかりと自分の足で現実を生きている自分がいます❣️
自分の足で生き始めると、人生は本当に楽しくなる。
完全なる自由と自立を、今は満喫しつつある私です🥰